バイト時代の思い出(4)


 誘ってもらったからにはお返しをしないといけません。しかし、僕は彼女を自分の学校に呼ぶのには消極的でした。なにより、学祭の内容がしょぼくて、他者を呼ぶようなクオリティではないのです。正直にそう言ったら、「府立なんてどこも同じようなものだし、展示より他の学校見てみたい」というので、誘うことになりました。
 先にも書いたとおり、私服OKの学校だったので、理恵も私服でやってきました。正門での待ち合わせに数分遅れてしまったのですが、彼女は5分前に着いており、すでに「何人かにナンパされた」とのこと。なるほど、納得です。それまでとは違って、柔らかめの色彩の、お嬢様っぽい服装。メイク薄め。メリハリボディ。これはかわいい。ヤバい。

 かわいい女の子を連れて歩くのは誇らしいことではありますが、憂鬱な面もありました。ことに私は学校では「面白みがなくて、運動神経もそれほどよくなくて、勉強だけできる優等生」というパブリックイメージがありました。大阪育ちで「面白くない」という要素は致命的です。どうひっくり返っても女の子にはモテません。そんなヒエラルキー下層民が美少女を連れてくるなんて、あとで何を言われるか……。あまり目立ちたいと思っていなかったのですが、学校には同じマクドでバイトしている女の子たち……つまり理恵と同僚……もいるので、せっかく来たなら会わせてあげようと校舎へ連れていきました。

 私がいる頃の母校は「かわいい女の子がたくさんいる」ということで有名でした。他の学校の女の子を全員見たわけではないので、比べられないのですが、確かにかわいいコが多い印象がありました。その中でマクドでバイトしている女の子たちはみんなかわいいのです。だからといって私には何の恩恵もないのですが。
 いくつか同僚のいる他のクラスを巡ると「理恵~~うちの学祭なんか来たの~? 何も面白いものないよ~」「え? フナハシくんと? なんで?」「最近、この二人仲いいのよ~~」「ひゅーひゅー」なんて、笑っています。私は渋面を作るしかありません。

 そして自分のクラスへ。受付や展示場にいたクラスメートの顔が驚いています。そりゃそうでしょう、「路上の石ころ」階層の私がとびきりかわいい女の子連れで登場したのですから。クラス展示で教室にいる間、理恵はあきらかに私にくっついてきました。「え」と思って顔を見ると、にやりと笑っています。「あ、こいつワザとやってるな」。手をつないだり、腕を組んだりまではしませんがにこにこしながら僕に話しかけてきていて、それはハタから見たら完全にカノジョに見えたことでしょう。

「あー、おもしろかった」。
学校から出て、近くの喫茶店で休憩することにして。席についての第一声がこれでした。
「明日学校行ったら何言われるかわからない……」割と真面目に私は途方に暮れていました。同じバイト仲間だ、と言えば済むことですが、その30倍くらい「いや、あれはどうみてもお前ら付き合ってるだろ」という突っ込みが来そうでした。

「そういや、俺なんかつれていって、そっちは大丈夫だったの?」
 私のようなモテなさそうな男を連れていって彼女に迷惑がかかるのはいやだったのです。
「ううん、ぜんぜん。そうそう、あの3人組さ、最近態度変わってきたかも。フナハシくんと仲いいからかな」
「なんで俺と仲がいいとあいつらの態度が変わるの?」本当にわかりません。

「フナハシくん、いつもシフト入っているし大学生の先輩たちにも可愛がられてるし、社員マネージャーとも仲いいでしょ? やっぱ、そういう人には悪く思われたくないだろうし、そういう人と仲のいい人、つまり私のことだけど、やっぱ変な関係にはなりたくないよね」

 なるほど。

 ぼんやりしているところが多々ある私なので、そういうところまでまるで気が回りませんでした。なにより、先のフラグにまるで気付いていない私が、理恵との仲をそれ以上進めようと言う気持ちがまったくなく、それまでと同じように休憩中にはバカ話をし、バイトが早く上がったときには一緒にお茶に行ってダベる、その程度の関係がずっと続いていました。

 理恵が学祭に来たことで少し変わったところがありました。
それまで「路上の石ころ」階層だった私が「路傍の石仏」程度にはランクアップしたようです。他のクラスにいるバイトの女の子たちも、わざわざ私のクラスに来て、私を呼び出し、話をするようになりました。(これ、けっこう目立つんですよね)
 内容はたわいもないものですが、これも外から見ると「他のクラスのかわいいコ複数とめっちゃ仲がいい」ように見えます。クラスの中だけで人間関係が完結してしまっている連中からすると、それは大きな差になるでしょう。特に母校は3年間クラス替えなしなのでクラブに所属していない奴らの世界はかなり狭かったと思います。

 翌年正月。理恵から年賀状が届きました。
「今年もよろしくね」。
あっさりとそう書いてありました。

(つづく)