乗り物酔い。


私は小さい頃からよく乗り物酔いをしていた。
電車だけは乗っていたので平気だったが、自家用車がなかったので、車はまったくダメ。バスも使うところには住んでいなかったのでダメだった。
だから、年に何回かある遠足や社会見学でバスに乗ることになると休むほどだった。
一度、社会見学のバスで思い切り酔ってしまい、到着したはいいが、駐車場で派手に吐いてしまった。あの屈辱感は忘れられない。だから、大阪の子供なら一度は見学したことのある造幣局や森永のお菓子工場、松下電器の工場に私は行ったことがない。
遠足は幸いにしてほぼすべて電車移動だったので助かったけれど。
酔い止めという薬があるのを知ったのはかなりあとだったんだけど、飲んで効いたという記憶がない。

そんな私に大きな関門があった。
中学の修学旅行だ。行き先は富士山と伊豆。
新幹線で静岡まで行き(このとき生まれて初めて新幹線に乗った)、そこからはずっとバスだ。五合目までバスで上がり、少しの距離を歩き、またバスで移動。西伊豆の堂ケ島温泉へ。バスの行程が恐ろしく長い。

学校は乗り物酔いの対策を考えてくれていた。
任意で乗り物酔いの注射を受けさせてくれたのだ。
注射は旅行の1週間くらい前に2度に分けて打たれた。
これで旅行の行程すべてをカバーできるらしい。
そんなに前から打って効くのかなと思ったのだが、これが効いた。

修学旅行のバスでまったく酔わなかったのだ。その代り、静かなところで横たわると、「ずっと体が揺れている気がする」という副作用があったのだけど(笑)

大学生のときには大阪南港から出ている沖縄行きの貨客船に乗った。当時のガールフレンドと一緒の旅行で、彼女は酔ってしまったのだが、私は平気だった。帰りは飛行機だったが、これも大丈夫だった。

つまり私はパスやタクシーにのみ弱いということだ。

しかし、それも克服の時が来る。
編集者として就職すると終電後に帰宅になることがあった。当時はまだバブル期。
タクシー代を会社も出してくれた。職場から当時住んでいた世田谷区上用賀までは車で1時間かかる。青山通り~R246~世田谷通りと幹線道路1本で済む道のりだが、最初のころはやはり酔った。家に転がり込んでそのまま気持ち悪くなって寝る、という状態だ。
しかし、仕事が終わらず何度も何度もタクシーで帰宅しているうちに、酔いがマシになってきた。

もう一つは通勤経路の変更。
当初はバイクで千歳船橋駅まで行き、そこから新宿経由で通っていた。
しかし、バイクが壊れたのをきっかけに少し経路を変えた。
実は住んでいたアパートから徒歩1分のところにバス停があり、10分に1本は成城学園前駅のバスが通っていた。このバスに乗れば15分ほどで成城学園前に行ける。
千歳船橋は各駅停車しか止まらないが、成城学園前は急行が止まる。ここから乗ったほうが新宿到着が速い。朝だと、小田急線は経堂と東北沢で2回追い抜きされることがあった。(経堂に停まる準急の運航はまだなかった)
急行だと成城学園前の次は下北沢、次に代々木上原で終点の新宿だ。途中2つしか止まらないのはいい。あとは駅前に大きな書店と立ち食いそばがあった。完璧である。

というわけで毎日毎晩、私はパスで駅に通うようになった。最初は軽く酔っていたが、それもだんだん薄れていき、いつのまにかバスの中で本を読めるまでになっていた。

そんなわけで上京して4年後にはすっかり乗り物酔いを克服していたのである。