幸福論/中島みゆき

1984年リリースの「はじめまして」というアルバムに収録されている曲。シングルカットはされていないので、ファン以外にはあまり知られていないと思う曲。

高校生だった私にはこの歌詞は強烈だった。

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今夜泣いてる人は 僕一人ではないはずだ
悲しいことの記憶は この星の裏表 溢れるはずだ
他人(ひと)の笑顔が悔しい 他人の笑顔が悔しい
そんな言葉が心を飛びだして飛びだして 走り出しそうだ

笑顔になるなら 見えないところにいてよ
妬ましくて貴方を憎みかけるから
プラスマイナス 他人の悲しみをそっと喜んでいないか

闇が回っているよ 星を回っているよ
嗚咽を拾い集めて ふくらんでふくらんで 堕落していくよ
薄い扉を隔てて 国境線を隔てて
泣いてる時はみんな ひとりすつひとりずつ 膝を抱くのだね

孤独が恐けりゃ誰にも会わないことね
いい人に見えるのは 他人だからよね
生まれたばかりの子供は欲の塊 叱られそうな説ね

プラスマイナス幸せの在庫はいくつ
誰が泣いて暮らせば僕は笑うだろう
プラスマイナス他人の悲しみをそっと喜んでいないか

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幸福定量論はよくある論説だが、それを踏まえて、心の底にある妬み、嫉みを鋭く描いている。

「他人の不幸せは蜜の味」とはよく言ったものだが、結局、新聞の三面記事にある不幸せな事件記事を読みながら、小市民的な自らの平凡な幸せにホッとしている。
大多数の人はそうなのだろう。それでも、そんな平凡な人の心の中にでも、邪悪な一面が現れることを指摘されたようで、衝撃だった。

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アルバム「寒水魚」「予感」「はじめまして」の三部作は、後年、中島みゆき自身が「御乱心の時代」と称した、いわば「模索」の時代だ。デビュー曲の「時代」や、その後の中島みゆきといえば失恋ソング、といったイメージでこの時代の曲を聞くと、その多彩さに驚く。この「幸福論」もかなりアップテンポのロックンロールだ。この時代には古くからのファンがその変貌に追いつけずに多数離れていったともいう。

私が初めて中島みゆきのフルアルバムに耳を通したのは、1980年「愛していると云ってくれ」からだ。このアルバムには「3年B組金八先生」の最終回で使われ有名になった「世情」が収録されている。確かにこの時代の中島みゆきの楽曲はパブリックイメージとそう違わないのだけど、「親愛なる者へ」「おかえりなさい」(セルフカバーアルバム)「生きていてもいいですか」「臨月」と続く中で、徐々に変化してきているのはわかっていた。ただ、私の場合、同時期に聞いていたのがオフコースや山下達郎といった、より派手目な曲だったため、中島みゆきのサウンド面の変化はとくに気にならなかったのかもしれない。