バイト時代の思い出(3)

 それから理恵のメイクは薄くなりました。そうすると彼女の元々のポテンシャルに気付いた男性陣から「最近、理恵かわいくない?」なんて噂話がひそひそと囁かれるようになります。私は「いまさら気付くなんてなあ」と思いながらも、自分には関係のないことだと思っていました。

夏休み中に、彼女と同じ高校から3人組の女の子が入ってきました。やはり同い年です。タイプ的にはクラスで目立つグループでわいわいやるタイプ。理恵はどちらかというと一匹狼なのでちょっと違います。そして、その一か月後くらいに理恵と雑談しているときです。後から入ってきた彼女たちとどうもしっくりいかない、なんて悩みを語り始めたのです。「嫌われてるというわけでもないと思うけど」とのことですが、彼女が私に自分の弱い部分を見せるなんて初めてでした。

「学校のクラスが同じというわけでもないし、バイトは仕事だけだと割り切ったら? ずっとここにいるわけでもないし、仕事上で不具合がないんだったら、それなりに合わせておけばいいんじゃないかな」

 私はその時に考えうる最大の知識と器量で返事をしました。
「うん……そうだよね。ありがとう」
 雑談は仕事のあと近くの喫茶店で二人きりで。間接照明でほんのり暗く、一見バーのようにも見えるティールーム。もしかしたら、周りから見たら恋人同士に見えていたのかもしれません。

「学校にいるときの理恵ってイメージできないなあ」
そういうと、「今度、学祭に来る?」
 意外な誘いでした。

 理恵の通う府立高校は少し田舎にありました。私はいつもとは逆向きの電車に乗って彼女の通う高校に行きました。私の通う高校は私服OKでしたが、彼女の通う高校は制服だったので、私も念のため制服で行きました。
 セーラー服を着た理恵が正門まで迎えに来てくれました。童顔でセーラー服ですから、そういう嗜好のある人にはドストライクだったと思いますが、私はブレザー派だったので、余計な雑念にとらわれずに済みました。

 校内を案内された記憶はあるのですが、なにか具体的なエピソードは欠落しています。おそらくとくになにもなかったと思うのですが、そういえば、例の3人組と校内でばったり会ったくらいでしょうか。
 理恵が私を連れてきている、というのがかなり意外だったらしく、驚いた顔をしながら挨拶されたことは覚えています。

 その頃、バイトの中で私は「特殊な位置」にいました。簡単に言うと「唯一の男子高校生クルー」だったのです。以前はもう一人いたのですが、夏休みで辞めてしまい、男性クルーは私以外は全員大学生となっていました。だから何か特別なことがあるか、というと何もないのですが、多数いるバイトの中で名前や顔を覚えられやすいことは確かです。ましてや私は平日3日、日曜はフルタイムでシフトに入っているレギュラーメンバーだったので、週末にしか入っていない人たちからすると、「バイトの中でも違う立場の人」と重く見られていたのかもしれません。

マクドのバイトは半年もするとかなり中堅ところに位置します。当時のクルーの序列は、

1.スイング……社員マネージャーと同等の仕事をする。当時の時給で800円という高給
2.スイング・トレイニー……通称ST。スイングの見習い
3.トレーナー……入店してきた新入りを教育できる立場。大学生以上のみ。
4.Aクルー……習熟したバイト
5.Bクルー……平のバイト
6.トレイニー……見習い

こんな感じでした。高校生だった私はAクルーまでしか昇級できませんが、時給はトレーナー相当まで上がっていました。夏休みのがんばりが評価されていたようです。

(つづく)


バイト時代の思い出(2)

普段の月は一カ月3万円くらいの稼ぎでした。当時の時給は480円。そのあと昇給して最高520円まで上がりましたが、このときはまだこのくらいです。(ちなみに1984年の大阪府の最低時給は475円)
しかし、夏休みは毎日9時間拘束(1時間休憩)で働きまくったため、10万近いバイト代を稼げました。物価やバイト代から換算すると今の価値ではほぼ倍でしょうか。

理恵ちゃんはほぼ毎日というわけでもありませんが、わりあい多めにシフトに入っていました。店で話すようになると、オフィスで休憩のときにも雑談をするようになります。

話してみると、とても素直でいいコなんだとわかってきましたし、彼女も私が音楽好きで優等生でもなんでもないことがわかってきたようでした。夏休みが終わり9月になって、シフトに入る頻度は元に戻りましたが、一瞬オフィスで顔を合わせたりする数少ない瞬間にもバカ話をするようになっていたのです。以前なら、ギロリとにらまれるだけだったのですが。

日曜日はばっちり9時間拘束でフルに入っていたのですが、たまに早めに上がるときもありました。その日は偶然夜7時で私と理恵ちゃんが上がることになっており、二人で店からオフィスまで歩き(50メートルほど離れた雑居ビルにオフィスがあった。今はもう取り壊されている)無人のオフィスの鍵を開けて、着替えてソファに座ってまったりとしていたときです。

今となってはどうしてそんな話題になったのかまるで覚えていないのですが、話は理恵ちゃんのメイクの話になったのです。私は思わずこんなことを言っていました。

「理恵さ、肌きれいだし、もともとかわいいんだからもう少し化粧薄くしてみたら? 俺、そういうのは全然詳しくないけど、絶対そのほうがいいと思うんだけど」

 その頃にはもう、彼女のことを名前で呼ぶようになっていました。彼女はそう言われると「うん、わかった。やってみる」と答えました。

 一週間後。前週とまったく同じで夜7時に私と理恵が仕事を終えました。そのときまで私は自分が言ったことを完全に忘れていました。
無人のオフィスに着き、着替えて、またソファでまったりしているとき、着替えを終えて更衣室から出てきた理恵は「ねえ、先週言われたとおりに薄くしてみたんだけど……どうかな」と言ってきたのです。

店にいるときは強烈な照明が当たっているため、化粧の濃さなどわかりません。帰りの道はすでに夜。この日初めて私は普通の照明の下で、理恵を見たのです。

 私にとっては理想的な女の子がそこにいました。たぶん、眉をそろえ、うすく頬をぬり、ルージュをひいた程度。(まったく知識がないので的外れかもですが、とにかく以前とはまったく濃さが違っていました)

私はしばらくぼーっと見とれていました。「うん、いいよ。すごくいいと思う。俺、そういう感じ、好きだな」。私はそれだけ言いました。するとそれまで見せたことのない表情……はにかんで照れたような顔で「そうか、よかった」と答えました。

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そのときは何とも感じてなかったんです。ていうかここ最近まで忘れていたくらいだから。でも、映画のおかげでそういうエピソードもあったな、と思いだして、ふと思ったんですよ。

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私「お前、化粧うすくしたほうがいいよ」
理恵「うん、わかった、してみる」

一週間後。

理恵「言われたとおりにしてみたんだけど、どうかな?」
私「うん、いいよ。すごくいいと思う。俺、そういう感じ、好きだな」
理恵「そうか、よかった」
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これって絶対、フラグ立ってますよね? 少なくともちょっとは私のこと気にしてますよね?

私の天然ぼけはこのフラグにまったく気がつかなかったんです……。
で、33年後になって気付くという。度しがたいアホです。ぼんやりしすぎでした。

(つづく)